認知症は魔法使い

認知症は魔法使い

おたがいサロンを始めてから、認知症のお年寄りと寝食共にすることが日常となっています。認知症になると、本人、家族の生活に様々な支障をきたし、辛いことや大変な苦労もあることと思います。家族にとっては、これまでしっかりとしてきたお年寄りが、いつもと違う様子で、どう対応して良いのかわからなくなり、戸惑うのではないかと思います。しかし、おたがいサロンを利用されている大半のお年寄りは、にこにこと笑い、時には馬鹿笑いをして、穏やかで幸せそうなのです。忘れる事に不安がなく、しかも他者への感謝の気持ちを表現するのです。むしろ忘れることで毎日が新たな挑戦で、失敗したことも忘れているので毎日が新鮮で、なんでもやってみようと好奇心が旺盛です。タイムマシーンに乗って自分の人生の過去に行ったり、時にはどこでもドアでおとぎ話の世界に行ったり、まるで魔法使いです。

その様子を見ていると、忘れる事は悪いことだろうか、認知症で生活のことができなくなることは悪いことだろうか、逆に忘れることは良いこともあるのではないだろうかと感じ始めました。もちろん生活が不自由になり人の助けが必要ではありますが、人は誰でも助け合って支えあって生きているし、介護を仕事として生活をしている人もいるので、決して恥ずかしいことでも、悪いことでもありません。すべての人の存在は必ず誰かの役にたち、存在そのものが価値あることで、皆愛されて当然なのです。

時々忘れてしまいたいほど苦しい出来事があったとき、幸せそうなお婆ちゃんたちがうらやましくなります。でも、きっと、お婆ちゃんたちは過酷な人生のたくさんの辛いことを乗り越えてきたのでしょう。人生の中で苦しくて、辛くて、1人になった時に自然と涙が流れるような自分の限界を試すチャンスが何度あったのでしょうか。もう逃げ出したい、そう感じても逃げない自分を選び、困難に向き合って精一杯生きてきたのでしょう。人生の中で何度も困難を乗り越えたからこそ、自然と身に付いた優しい穏やかさが、お婆ちゃん達からほんわかと感じられるのです。一緒にいるだけで勇気をもらい心強くなります。

身体が老いると出来ていた事ができなくなります。失うことは寂しかったり辛かったり、でもお婆ちゃんたちは過去の自分に執着を持たず、今の自分を謙虚に受け入れ精一杯生きているのです。人の力を借りながらでも、できることにチャレンジしているのです。失うことに「悲しい」という感情を持つか、新しいことを経験して「楽しい」と感じるか、不安に留まるか勇気で進むか。どちらの生き方を選ぶのが自分にとって望ましい選択なのかを考えさせられます。目の前の幸せを感じる力があれば、忘れてしまっても「今」に幸せを感じられて、謙虚に生きられるのかもしれない、少しの幸せを楽しめるのかもしれないと感じます。

お年寄りから日々教わることは人生の教訓です。笑うとシワシワになる顔がとてもキュートで大好きです。長い人生のほんの数年かもしれませんが、時を共に過ごせることに感謝をしています。そして、尊い存在に心から感謝しています。

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